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みなとミュージローブログ

2016年11月07日

新着資料紹介のコーナー第29回「琴平海洋博物館(海の科学館)」

今回ご紹介するのは、琴平海洋博物館(海の科学館)の4階展示室に展示している高松藩御座船「飛龍丸(ひりゅうまる)」です。


 模型は1/10 実船全長は31.8㍍

 

 御座船は、江戸時代に関船をペースにして将軍や大名が御召船として建造した華麗で豪華な船です。
 戦国時代の水軍は安宅船が旗船で、関船は櫓数(船に装備する最大の櫓の数)40挺立て程度の小回りの利く中型の軍船でした。
 関船の船体構造は、航(かわら)(船底板)の上に根棚(ねだな)(加敷(かじき))、中棚(なかだな)、上棚(うえだな)という外板を組み合わせていく三階造りが標準で、これは弁財船(べざいせん)と同じく典型的な和船構造となっていました。
 讃岐の国(香川県)は、1641年、西讃地域に山崎家治が入封し丸亀藩が、1642年、東讃地域に水戸徳川家藩主・徳川頼房の長男・松平頼重が入封し高松藩が成立しました。
 飛龍丸は、初代高松藩主松平頼重48歳の時に藩主の御座船として建造(1669年)され、2人掛りの大櫓52挺立、18反帆、500石積という当時建造が許された制限いっぱいの大型関船でした。
 御座船の多くが船体を朱塗りや黒塗りにしているなかで、飛龍丸は見た目も清々しい白木の船体で、船体のシンプルな印象を補うように、垣立(かきたつ)(和船の舷側に建てる欄干状の垣)廻りや二階建ての屋形、船主の水押茂木(みよしもぎ)などには多数の金箔金具などで華美に装飾を施されていました。特に目立つのは色鮮やかな水押茂木の金具と、垣立に金色燦然と輝く「丸に三つ葉葵」の家紋と、黒字に金の装飾模様となっていました。18反の大帆には高松藩の御船印が大きく印され、両舷側には家紋を染め抜いた紅白の幕と古代紫の幔幕(まんまく)がめぐらされていました。
 西国大名は参勤交代には御座船に乗船し、多くの供船を従えて岡山県の牛窓、兵庫県の室津、さらには大坂に渡り、以後は陸路をとって江戸に向かっていました。

琴平海洋博物館(海の科学館)の情報はこちら


at 10時36分

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